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2012年10月16日 (火)

*10/13「さようなら原発集会in日比谷」で森園和重さんと高橋哲哉さんがふくしま集団疎開裁判を訴える。

郡山の森園さんが6500人の参加者に向かって訴えました。

ユープランの 三輪さん撮影ありがとうございます。

昨日のさようなら原発集会集会、途中からですが撮影配信しました。
高橋哲也氏、森園さん、小笠原厚子さん、大江健三郎氏、吉原毅氏の
スピーチです。
20121013 UPLAN さようなら原発集会in日比谷【後半部】
http://www.youtube.com/watch?v=Iwg8LtkZdHE&feature=plcp
森園さんを撮影しながら泣き、映像みながらまた泣きました。
ユープラン 三輪祐児

テント日誌から転送です

<テント日誌 10/13(土)―経産省前テントひろば 399日目>
さようなら原発集会in日比谷 6500人が結集

今日は朝から雲ひとつない、抜けるような青空。日中は10月とは言えまだ汗ばむ陽気でもある。お昼過ぎにテントに立ち寄り、再稼働反対の幟旗を持ち、日比谷公園に向かう。公園内の野外音楽堂は既にほぼ満員状態。「さようなら原発集会in日比谷」が定刻通りに始まる。参加者は、主催者
発表で6500人とのこと。
オープニングはYaeさん(加藤登紀子さんと藤本敏夫さんの娘)のコンサートで始まった。どことなくお母さんを思い起こさせる歌声である。はじめに主催者を代表して挨拶に立った鎌田慧さんは、JAグループが今年10月に開催された第26回定期大会で脱原発の運動方針を採択したことについて、「大間原発にたったひとりで反対してきた“あさこハウス”の熊谷あさ子さんは、『海と畑があれば他に何もなくても生きていける』と最後まで電力会社に土地を売らなかった。電源開発は彼女の土地をあきらめ、場所を一部変更して原発を建てるための設計変更しなければならなかった。JAの方針転換は大きなできごとであり、命を生産する農業が原発と全く相容れないとわかった農業者の固い決意だ。この決意に応え、私たちは今こそ原発を叩き潰そう。」と訴えた。

続いて哲学者の高橋哲哉さんの訴え。「国は国民を欺き、見捨てる。第二次大戦で気づいたのに、戦後私たちはより快適で便利な生活を求めそのことを忘れてきた。今度こそ命と健康を最優先にする国に変えなくてはならないと強調した。さらに「郡山市で、子どもたちに集団疎開を求める裁判(仮処分申請)が闘われている。福島県民には避難の権利が認められるべきだ」と、「ふくしま集団疎開裁判」への支援を忘れてはならないと訴えた。
落合恵子さんのアッピールは、名古屋の集会参加のため代読での朗読。「私が中学生の頃、第2次大戦があった。私は中学生の素朴な思いで「大人たちはなぜみんなで反対しなかったの?」と尋ねた。…今、私たちは同じ過ちを犯し、同じことを問われている。」と訴えた。

 福島現地からは、郡山在住でテントにもなじみの深い「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の森園和重さんの訴えがあった。「1年半経っても、私たちは地震が起きるたび、避難しなくてよいのだろうかと心配し、“あの日”に引き戻される。…福島では、蚊や蛾などの小動物が去年に比べてずっと少なかった。トンボは1匹しか目にせず、普段の年ならコンビニの青い紫外線灯(殺虫灯)に衝突しているはずの虫もほとんどいない」と福島での「命の危機」を訴えました。
「いま、東京が、何事もなかったかのように生活していられるのは、懸命に収束作業に当たって
いる被曝労働者、業員がいるから。3千人の作業員の6割は福島県民。加害者が被害者を雇っている。これが福島の現実だ。…こな状態になっても原発を動かそうとする人たち。地球は人間だけのものじゃない。この会場には、普段働いている方も多いと思うが、私は原発メーカーである東芝・日立の人たちに、命とは何か問うてみたい」。 
 また、森園さんは、福島原発告訴団、ふくしま集団疎開裁判、「子ども・被災者支援法」の重要に触れながら、これほどの事故でも誰も責任を取ろうとしない現状を変える必要を訴えました。  「全国の女性たちはつながっていきましょう。その女性たちをサポートしている男性の皆さんも一緒に頑張りましょう。」と熱く訴えた。
 
 そして、本州最北端の大間原発建設予定地の「あさこハウス」で建設反対を闘っている小笠原厚子さんの話へと続く。「どんなに無視され、村八分にされ、孤立させられても、私の母は電源開発に決して土地を売らなかった。今、新規原発の建設を認めないと言いながら、政府は一方で大間原発の建設再開を認めたが、もし、母があのとき、あきらめて土地を売っていたら、今頃大間原発は稼働していただろう」と、1人でもあきらめず闘うことの必要性を訴えた。
 
 最後に作家の大江健三郎さんの話。「中国の小説「故郷」(魯迅)の一節を引きながら、「原子力ムラの弱点は、私たちに何も希望を示せないこと。私たちはこうして集まり続ける限り希望がある。集まって道を作り、希望を持って生きよう」と述べた  
 
 脱原発を宣言して注目を集めた城南信用金庫の吉原毅理事長が閉会のあいさつ。吉原理事長は、東京で開催中のIMF(国際通貨基金)・世界銀行総会に経営者のひとりとして参加した後、この集会に参加しました。 「政府が2030年代に原発ゼロの方針を決定したとき、経団連、経済同友会、日商の経済3団体が連名で「原発ゼロは現実的ではない」と共同声明を出した。経済団体は中小企業の代表というが、いったいどこの中小企業の代表なのか」と、自分が所属している経済団体を批判しました。 「経営者でも、もう原発はこりごりだという人がたくさんいる。いま、経営者に求められているのは脱原発に踏み出す勇気だ。」と訴え、満場の拍手で集会を閉じた。 
 その後、参加者は、会場周辺をデモ行進して脱原発を訴えた。解散地点の常盤橋公園で、たんぽぽ舎、反原発自治体議員連盟、テント、大間原発のあさこハウス、全国ネットワークからのアッピールをし、総括集会をもって今回のアクションを閉じた。 地下鉄でテントに戻り、留守番のSさん、Tさん、Uさんに集会の報告をしているその時、北海道から緊急の連絡が入った。札幌の大通り公園の『泊・大間原発に反対する集会』が12000人の結集で大成功の報告。 
 また、明日はテント設立400日目ということもあり、集った仲間で前夜祭を行いった。自転車で八王子からやってきたKさんやハンスト中のFさんも参加し、夜の耽るまで議論が盛り上がった。(S・S)

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